変態鴉は参戦の夢を見るか?

薬漬けの街ドラッグド・タウンの騒動は、終わりを告げようとしていた。

レイヴンは、ギアに変質した人間の残骸を貫く。
これで最後だ。後は、街全体に展開される殺界が、この忌むべき痕跡を浄化するだろう。

「……くだらない諍いだったな」

俗物が、「あの御方」のGEAR細胞に手を加え、売りさばく。
願わくば、そう企てた張本人を己の手で断罪したいものだが、それは何者かの手に預けるしかない。

己の受けた任務は、この騒動を不都合な事実無く閉ざす事だ。

そしてそれは今、一段落着いた。
後は事後処理だけだが、それを行うには数日分早すぎる。

『――殺界の発動まで、あと3分――避難状況、概算9割9分完了――』

警察機構の通信を傍受する。この地に生命が存在できるのは、その言葉の通りあと3分となるだろう。
そこで、彼は震えた。

「いいじゃぁないか……」

「苦痛」とは、その二文字で多岐にわたる。

常人はその二文字を意識しない。
しかし、小指を家具の角に打った鈍痛と、腹を冷やした事に起因する腹痛とは、素人でも種類が違うと分かるだろう。

ならば、殺界の苦痛とはどのようなものだろうか?

新たなる快感の予感と、訪れるかもしれない「死」に高揚し、恍惚として息を吐いた。

己の身を抱き、天蓋と顔を合わせ、レイヴンはつぶやく。

甘き死よ、来たれKomm susser tod――!」


朧な意識で、思考する。

――私は、死んだのか?

殺界の苦痛は――残念ながら、味わう事はできなかった。

触覚が痛みを脳に伝えるより早く、意識が途絶したのだろう。
殺傷力が高いのも考えものだ。

しかし――今、私はどのような状態にいる?

周囲が把握できない。
体の感覚も曖昧だ。

もしや――これが、「死」?

「夢だよー」

無邪気な声が、頭上から降り注ぐ。
そこで、感覚がある程度のレベルまで復帰した。

ふにゅん。

そんなオノマトペが思い浮かべられるような、柔らかな感触を頬に覚えた。

「…………」

声の主を見やる。
天使のような笑顔を浮かべた、天使のような輪を浮かべた、女性の姿がそこにあった。

追加情報としては、己の頭部の位置は、正座という状態にある女性の太腿の上部にあり、
つまり、「ひざまくら」であった。

「……最悪だ」

「心理学の観点からすれば、鼻血ブーで全力バタンキューなシチュエーションだと思うけど、しないの?」

「するものか」

己の決意を口にして、レイヴンはすぐさま起き上がる。

「もー。常識的に考えてドバドバ出るのにー」

そう言って「ぶう」を垂れている女性の正体は分かる。
同じ主に仕えるその彼女の名は、ジャック・オー。

しばらく彼女をじいっと見やり、ふと気づく。

「ほんの前に貴様を見た時は、」

「なに?」

「『あの御方』が、私にヴィタエの確保と抹消の命を預けていただいた時だが、」

「あれね」

「貴様はフードを被っていたが、」

「うん」

「――背が、違う」

そう。

以前見かけた時、というよりほんの数日前に見かけた時。

それは明らかに、女性のものとしては背が高く、
ともすれば身長181cmのレイヴンに迫るほどのものだったのだが、

今、眼前にいるジャック・オーは、それと比べて明らかに小さい。

世界が世界なら、この箇所をゆさぶるかつきつければ話が進むようなムジュン点である。

そんな指摘に、ジャック・オーはしばらく沈黙し、
ぽんっ、と手を打つ。

「輪っかのせいだ」

「手を打つ動作は通常、これまでになかった事を考えついた時のものだが」

「じゃあ、鉄球に乗っていた為だ」

「もしそれが事実ならば、その発言の最初に『じゃあ』はつけないんじゃぁないのか」

逃げ道を狭まれたジャック・オーは、しばらく黙った後、恐る恐るつぶやく。

「……後付けせって」

「やめるか。つまらない事を訊いてしまった」

己も無粋な事を問いたものだと反省し、レイヴンは素早くこの話を打ち切った。
でなければ、彼女は絶対防壁フェリオンよりも強固な第四メタの壁を超えてしまうかもしれない。

そんな末恐ろしい事態を回避した二人は、ともかく現状を認識する。

「夢、と言ったな。
では、その夢とは、私の夢という認識で良いのか?
ここにいる私は、貴様や、あるいは、何者かの夢によって創られた存在ではない、と」

「胡蝶と疾風――じゃないっ、胡蝶の夢ではないと、言っておくよ」

「しかし、夢の中とて油断はならないかもしれない」

ふむ、と顎に手をやり、レイヴンが考えこむ。

「これが、夢として錯覚させた現実、あるいは幻術である可能性もある
 ……そして、夢にまつわる奇妙な噂を聞いた事がある」

「夢にまつわる噂なら、私もそう、知っている」

二人が顔を見合わせて、同じ人物を思い浮かべる。

「己の夢に引きずりこむ――」

「少年の、噂――」

噂をすれば影とは言うが、こと物語中に関しては、それが色濃くなるものであり、
ズガンと、重量感ある音を立て、重量感あるベッドが降臨した。

いや、ベッドそれだけではない。
ベッドに拘束されているような、その少年が目蓋と口蓋を開けた。

開口一番、その特徴的な声質で、

「おはよう、お兄ちゃん」

男性に属する生命体が発するには物騒な言葉を吐く。
絶望すらも朽ち果てそうな、バッド・エンド直葬の台詞である。

「別咆吼に、いや別方向に荒唐無稽な夢を生み出したものだ」

レイヴンは頭を抱えた。

「何だい? 頭が痛いのか?」

「肉体的にも、精神的にもだ」

針の刺さった頭から手を離し、向き合いたくない少年に視線を合わせる。
少年は再び目を伏せて、得意げにまくし立てる。

「考えてくれたまえ。夢とは己ですらも手綱を握る事ができない暴れ馬だ。夢の中ではどのような事であろうと現実には無意味だ。ならばその夢のままに事を為す事が今この時の最善の手だとは思わないかい?」

「……それが、貴様の最善である懸念もあるがな」

レイヴンは鋭い眼で彼を射抜き、この場に渦巻く雰囲気を冷徹なものに変質させる。

「時に、人間は夢を見て死ぬ。
――いわゆる『ゆりかごの死コット・デス』はあるいは、夢魔がその命を刈り取ったが故かもしれない」

「つまりは、僕が夢魔と? 不確定な材料を元に確定的に明らかと判断するのは愚者の考えだ。その考えを、君は抱くというのか?」

「そうと決めつける訳じゃぁない。
だが、何の思想を抱いているか分からない人物の言葉を鵜呑みにするのもまた、愚かしいと思うがな」

思想の違えは、立場の違えとなった。

自然と、各々の武器を構える。
少年は、ベッドに備えられたアームを、レイヴンは、人間の骨肉すら立つ己の手刀を、
相手が先手を取ろうとも即座に対応できるよう、目と武器を光らせて対峙していた。

その絶妙な均衡を破ったのは、すっかり第三者となってしまったジャック・オーである。

「れっつろっくー」

自分が蚊帳の外にいる事を自覚した彼女は、このつまらない状況を打破する為のゴングの役を担った。

刹那、双方は同時に動いた。

――距離を詰め、相手を翻弄する。
その為に、双方は秘蔵の法術を持っていた。

全く同時に、彼らは同じ術を使い、
その姿が、掻き消える。

「……あー。空間転移」

ジャック・オーが声を漏らす。

流石に、相手が同じ高等法術を扱えるとは思ってはいなかったようで、その動揺が法力を捻じ曲げる。

『あ。』

少年は、己の武装たるベッドを残して転移した。
レイヴンは、その棺のようなベッドの中に収まるように転移した。

つまり、少年は己の得意とする武器を無くし、
レイヴンは、己の自由を無くした。

死よりも深い、沈黙。

少年は不服な表情を浮かべ、こう切り出した。

「正直に言うとだね」

「ああ」

「僕は、虚像だ。君の、君自身の夢の中で生み出した、妄想の産物だ。つまり、ここで何をしようとも、君をどうこうする力はない」

「……ああ。貴様の開口一番の台詞の時点で、偽物である事は薄々気づいていた」

双方の戦意喪失を確認し、謎の少年は謎のままにとぼとぼと去っていった。

「……無駄骨」

ジャック・オーが先程の時間を三文字に要約し、レイヴンは再び頭を抱えこんだ。

「だいじょうぶ? 頭、ざらついてる?」

最早質問に答える気力が湧かない。
黙るレイヴンに、ジャック・オーは頬を膨らませた。

「さっきの人が進言した通りに、こう、自分の夢に働きかけようとか思わない?」

「……私は働かないぞ」

「ンモー、そうやって自分の世界に引きこもるー。
ほら、飴あげるから! 働くって素敵SU☆TE☆KIだし! 流した汗だって美しいよ!」

「いつか終われ夢……」

そうぶつぶつと呪詛をつぶやき、己を拘束しているベッドの中に――何故か生成された掛布団に隠れるように、もぐりこむ。
こうなれば、目が覚めるまで、時間をプチプチのように潰すだけだ。

夢の中でベッドに潜るのは中々に珍妙な体験ではあるが、それ以上に珍妙な感触がレイヴンを襲った。

ふにゅん。

本日二度目のオノマトペが、ベッドの中から放たれた。

すかさずベッドの掛布団を剥げば、少女がいる。

あちこちにリボン。
すみずみまでフリル。

その少女は異様に熱のこもった瞳で、こちらを見ていた。

「男と女が、ベッドを共にする……これは最早、夫婦関係にあると言っても過言ではありませんよ!」

「ジャック・オー! このベッドを、私ごと壊してくれ!」

「ああっ、心中ですか!? そんな、私を想ってくれているのは嬉しいですけど、まだ私にはやるべき事が……!」

ベッドであがくレイヴンだが、少女は彼を逃さぬよう必死にまとわりつく。

そんな二人を見て、ジャック・オーはニャマリと口角を上げる。

「あーごめんねー。私お邪魔ねー」

「ま、待て! むしろ貴様の助力が必要だ!」

「いやはや、後はご両人にお任せという事でー」

「任せるな! この拘束を解くのは、貴様しかいないのだぞ!?」

決して仲が良いとは言えないが、この喜劇じみた狂気の夢の中では頼りの綱である。
レイヴンは必至にジャック・オーを留めようとするも、彼女の周りに天使らしきものが降臨すると、ゆっくりと昇天していく。
その頭の光輪にぴったりのシチュエーションではある。

「幸福とはそういうことなの……これでいい……気にしないで……みんなに4649と言っておいてねー……」

「嗚呼ッ……!」

手を伸ばすも、黄金の風と共にジャック・オーは雲の上へと消えていった。
絶望状態に陥るレイヴンは、がっくりとうなだれる。

そんな彼に構わず、少女はべたべたとレイヴンに絡みつく。

「ああっ、そんなに落ちこまないでください旦那様ッ!」

「誰がだ……」

「もう、今まさに同じベッドで寝ている仲じゃないですかー。100パーセント既成事実ですよ!」

「十割で事実無根だ」

「例え恋の水は枯れていても、愛は砂漠でも花咲くの!」

「無理だ。私は誰も愛する事はできん」

拒否を淡々と告げていくレイヴンだが、その一言に少女は強く反応した。

「……愛する事ができない?」

「そうだ。それがどうした?」

「それは……誰かから、禁じられているから?」

「違う」

「じゃあ、自分で、そうなったっていうんですか?」

「それ以外、何がある?」

レイヴンとの問答に、少女は言葉を失ったようだった。
それから、ぽつりぽつりと胸の内を明かした。

「私は……『お母さん』から、ちゃんとした心を抱く事を――誰かを愛する事を禁じられているんです。
もしかしたら、あなたはまだ知らないかもしれないのですが……私は、『ヴァレンタイン』なんです。
私たちは、『お母さん』の目的のために存在していて、それ以外はいらないんです。――だから、愛する事も、いらないんです。
でも、私は感情が存在してしまったんです。誰かを愛してみたいんです。寄り添ってみたいんです……。
だから、だから私は、誰かと結ばれれば、この気持ちが満たされるかもしれなくて……、
私は、その為に、私と一緒にいれる人を探してるんです。
私と一緒になれたら、できればその人の為に料理とかも作ったりして、幸せな家庭を知りたいんです。
でも、初めて作った料理は上手くできなくて、でも旦那様は我慢して美味しいよ、とか言ってもらったり、
あ、でもでも、旦那様がストレートに助言してくれて、二人で一緒に台所に立って特訓して、美味しい料理ができるまでの過程の中でお互いの愛も深まり合ったりとかもいいですね。
そういうのもいいですけど、最近私は結婚後に大事なのはやっぱり寝る前の会話だと思うんですよ!
お互いを労わって、今日あった他愛ない事を話し合ったり、『お疲れさま』とか、そして『今日も愛してるよ』とか、むっほぉ~!
あ、でも寝る前のキスとかも王道で! あるいは寝る前はつっけんどんで、でも寝た後に額にチューして『寝顔も可愛いよ』とか何とかぁ!
そして二人してベッドで寝て、お互いの温もりを確かめ合うのー!
ああ、ペルフェクティー!」

胸の内の不要な部分まで吐き出したエルフェルトは、心機一転し胸からしゅるりと巻物を取り出した。

「お互いに愛の求道者と分かった所で、やはりここは結婚して愛を確かめ合うのが道理だと思います」

「私と貴様では道理という二文字の認識が光年程違うようだな」

「愛ですよ」

「何故そこで愛」

「やっぱり愛ですから」

「愛などいらない」

嗚呼、愛とは何か。
男女の押し問答は果ての無いトンネルのように暗闇へと吸いこまれ、
ベッドの上、青い肌と白い肌とが交差する中、愛について語り合う二人。

そう書けばこの世にわんさかとあるラブ・ロマンスの一幕のようであるのだが、
しかし、この話の中では新たなカップリングが生まれるきっかけにはならないのであった。

「なんで分かってくれないんですかー!?」

「貴様の愚考への理解を何故私に求めるんだ!?」

平行線の議論に堪忍袋の緒が切れた双方は、言葉ではなく腕力で己の正当性を訴えた。
何とも幼稚な喧嘩の光景だが、法術を使い手ならばこの裏の攻防に戦慄する事だろう。

致命的な致命傷を与えるレイヴンの法術に、その構成を読み取った少女は適切なディスペルをカウンターし、
あるいは少女が相手の心を虜にする法術を忍ばせれば、レイヴンが法術を汚染して使い物にならなくし、
レイヴンの空間転移に少女は時空間の座標にノイズを走らせる事でエラーを起こし、
少女の単純故に瞬間的に繰り出せる不意の麻痺の法術をレイヴンが身をひねって躱し、
その応酬の凄絶さたるや、素人が間に入るだけで雲散霧消する程のものであった。

そんな騒ぎが上で繰り広げられ、
少年のベッドは、まるで意思があるかのように動いた。

「え?」「ん?」

ベッドは拘束具を外し、
二人をアームで器用につまみ、ぽいっと投げ捨てると、
もう関わってられないと言わんばかりに、素早くこの場から立ち去った。

この展開こそ意外だったものの、晴れて自由の身を得たレイヴンは、ともかく少女と向き合った。

「……これ以上の邪魔立ては無用を願うぞ」

これまでの短時間に何度も表明してきた拒絶を突きつけると、少女は座りこんだ。

「でも、私……!」

「貴様がどれだけ私に付き纏おうが、私が貴様に抱く感情など断じて無い。
 去れ、忌み子。この――化け物が」

自分に匹敵する法術の使い手が、ただの少女な訳がない。
あの時の争いで、相手が少なくとも人間ではない事を知ったレイヴンは、そう慈悲無く宣告した。

少女はしばらくレイヴンを見上げ、やがて意味を飲みこむと、その頬に涙を通した。

「私……どうして……感情なんかあるのっ! 涙なんかあるのッ!」

無言でレイヴンは少女を見下げた。
「それ」に憐憫をくれてやる事もなく、かといって追い打ちをかけるほど悪趣味ではない。

レイヴンは目を閉じ、この起伏激しい夢から覚めるように念じた。
が、結局この夢は、最初から最後まで落ち着きがないのであった。

目を閉じて視界を閉ざしたレイヴンは、無防備にも立ち尽くし――、
背後から突如現れ、凄まじい運動エネルギーを持った質量に思いっきり跳ね飛ばされた。

「ンギモヂイィィッ!?」

天にも昇る苦痛と共に空を舞うレイヴンをよそに、
新たに出てきた「それ」は、うつむく少女に声をかけた。

「エル、大丈夫?」

「ラム!」

互いに互いの名を呼び、容姿も雰囲気も違う「それら」はしかし、何かが同じだった。
新たに出てきた少女――『ラム』は『エル』の涙を見ると、今まさに頭から着地したレイヴンを睨みつけた。

「エルに何をしたの?」

「……何、と……言われても……」

レイヴンが抗弁を上げようとするが、こみ上げる快感に嬌声を抑えるのに息も絶え絶えだった。
彼をよそに、『エル』は事のあらましを最初から説明した。

「気づいたらベッドに拘束された状態で、あの人と初めて会ったんだけど」

「……待て……」

「愛について話してたら、あの人が突然襲いかかってきて」

「…………だから、待て……」

「それで……あの人……私に、酷いことを……うぅっ!」

レイヴンに言われた言葉を思い出し、『エル』はその先を言えず、嗚咽を漏らす。

レイヴンは強烈なまでの嫌な予感がした。
その『エル』の説明では、まるで自分が彼女に「行為」を強要したと思い違いをされる。

「そう……エル、分かった……」

『ラム』は『エル』の頭を撫で、彼女を慰める。
『ラム』がレイヴンと向き合うと、二振りの大剣を呼び出した。

「――出来損ないの人形を絶滅する」

その気迫の凶悪さたるや、千年を生きていてもなお指折りの脅威である。

レイヴンは不名誉な誤解に対する悪寒とこれから与えられる更なる快感に、ひきつった笑みを浮かべて『ラム』と相対した。
撤退を図ろうかとも思ったが、頭部から落下した事による頸椎の断裂が未だ再生していない。

「未来を――悲観しろ」

『ラム』の放つ絶望的なその光は、まるで殺界の光のようにレイヴンの身体と意識を灼き尽くした。


「――ぐ……」

謎の気怠さと痛みを伴い、レイヴンは殺界の外で目覚めた。
恐らく、殺界を展開した際の衝撃で自分の体が飛ばされ、効果範囲から離れてしまったのだろう。

苦痛を存分に感じられなかった事に舌打ちし、彼は立ち上がる。

「疲れる……夢だった……」

15年分の疲労を味わったような、そんな疲労感が身に残っていた。
だが、具体的な夢の内容は、覚えていない。
知っている顔と知らない顔がいて、それが代わる代わる自分を悩ませていった、そんな感じの夢だったかもしれない。

しかし、所詮夢は夢である。
彼にはやるべき義務があり、脳が生み出した虚像に時間をかける暇はない。

レイヴンは夢の残像を振り払い、風を見る為、空を見やる。

太陽を隠す曇り空が、彼の眼に映った。


2180年。倫敦郊外。
薬漬けの街ドラッグド・タウンの騒動は終わった。
しかし、これから起こる騒動の幾つかは、その数年後に待っている。